
“持病さへおこりて、消入計(きえいるばかり)になん。”(「奥の細道」より)
(持病まで起こって、苦しみのあまり気を失いそうになった。)
東北、北陸、近畿地方にかけて約2,400kmを150日で歩き、名著「奥の細道」を残した松尾芭蕉の持病は、裂肛(切れ痔)と疝気(せんき=腹部の疼痛)でした。
上の文は、芭蕉が旅の途中、持病の激痛に襲われたときの心中を描いたものです。
奥の細道の旅で芭蕉の痔は悪化し、出血も多くなり、発句どころではなかったようです。
そのために西国への旅も延期されました。
そして、いよいよ西国…という矢先、芭蕉は食あたりが元でこの世を去っています。
芭蕉さん、次に生まれてきた時は、早めに医師の診断を受けてくださいね。
参考文献 立川昭二 「病いと人間の文化史」新潮選書

“…僕の手術は乃木大将の自殺と同じ位の苦しみあるものと御承知ありて、崇高なる御同情を賜はり度候”
これは、かの文豪夏目漱石が痔瘻の手術で入院中に、友人に当てた手紙の一節です。
痔に苦しむ漱石の心情がよく察せられる一節ですね。
ちなみに文中の「乃木大将」は、漱石が手術を受ける16日前に自殺した当時の陸軍大将 乃木希典のことで、漱石と同じように痔に悩んでいました。(詳しくはこちらのページで)
漱石の未完の大作、「明暗」をお読みになりましたか?男女の愛憎と葛藤を描いたこの作品は、主人公が痔を治療しているところから始まります。
同じような内容が漱石の日記にあり、自身の苦痛と治療の経験をそのまま生かした書きだしとなっています。痔の痛みは漱石の日常に相当なインパクトを与えていたようです。
皆さん、痔は早期発見・早期治療が大切です。
早めにお近くの医療機関に相談しましょう。
参考文献 立川昭二 「明治医事往来」新潮社

「吾輩の辞書に“不可能”という文字はない」と言いきったナポレオン皇帝も、1815年6月18日、46歳のときにワーテルローの戦いに敗れ、セント・ヘレナ島に流されてその生涯を閉じました。
ある記録によると、ワーテルローの戦いの2〜3日前にナポレオンは、血栓性の痔核でひどく悩んでいたとか。
痔の痛みのために、鋭い指揮力も鈍ってしまったのでしょうか。
もし当時、有効な痔の治療法が開発されていたなら、ナポレオンの天下は“百日”ではなく、何年にもわたったことでしょう。
参考文献 Dls.Colon & Rectum(U.S.A)31(4)303〜305,1988

杉田玄白は70歳を過ぎても毎日歩いて往診に回り、83歳で「蘭学事始」を、84歳で「耄耋独語」(ぼうてつどくご:老いぼれの独りごと)を書き、翌年「医事は自然に如(し)かず」を残し、85歳で亡くなっています。
玄白は医学だけではなく、現代の理想の老後の先駆者でもありました。
その玄白にも悩みがあったのです。
“・・・いかなるか下の二穴(にけつ)のうるさくつらき事は、挙(あげ)て数へがたく・・・"
玄白は老人にありがちな秘結(ひけつ:便秘)で、便毎に脱肛をおこし、“元に納めて後、始めて我身の様に覚ゆる事なり"と、その苦痛を切々と「耄耋独語」に残しています。
玄白の脱肛は老人性のものか痔によるものかはっきりしていませんが、いずれにしても、その痛みは今も昔も同じことですよね。
脱肛はいぼ痔の最も進んだ状態です。
痔も早期発見、早期治療を心がけましょう。
参考文献 立川昭二 「日本人の病歴」中央公論社