医療法人一路会錦織病院
院長・理事長 医学博士
錦織 直人 先生

プロフィール
医療法人一路会錦織病院 院長・理事長 医学博士
2017年に医療法人一路会 錦織病院勤務
2018年に医療法人一路会 錦織病院 院長
2018年に医療法人一路会 錦織病院 理事長
日本大腸肛門学会 評議員・指導医・専門医
日本臨床肛門病学会 評議員・技能指導医
日本外科学会 専門医・指導医
日本消化器内視鏡学会 専門医
日本消化器外科学会 専門医・指導医
日本消化器病学会 専門医
消化器がん外科治療認定医
日本炎症性腸疾患学会会員
近畿肛門疾患懇談会 世話人
奈良県立医科大学 医学博士
医療法人一路会 錦織病院
〒634-0004
奈良県橿原市木原町77-1
便秘予防には、バランスの良い食事、
定期的な運動、十分な睡眠が大切
便秘の予防には、バランスの良い食事、定期的な運動、そして十分な睡眠が大切です。食事に関しては1日に3食をきちんと食べましょう。特に朝食の摂取により排便がうながされますので、朝はゆっくりリラックスした環境で食事をすることが大切です。便通の基本はバランスの良い食事です。過度のダイエットによる食事量の減少や穀物類や野菜類の摂取不足は、便のボリューム低下を引き起こし、十分な排便が得られない場合があります。また水分補給は大切ですが、大量に飲んだからといって必ずしも便が軟らかくなったり、出やすくなるわけではありません。脱水には気を付けるべきですが、必要以上に過剰な水分を摂る必要はなく、少量ずつをこまめに摂取するのが良いでしょう。
運動に関しては、毎日散歩に出かけるなど、日常生活の中で自然に体を動かすことが大切です。また、睡眠に関しては睡眠不足になると交感神経が優位になり、腸の蠕動(ぜんどう)運動が低下する場合があるため、十分な睡眠を心がけてください。『3快』である「快食・快眠・快便」は、揃うことで健康感が得られるとされていますが、それらは互いに関連しており、大切です。
サラダ類には、意外と食物繊維が少ない
スムーズな排便には食物繊維の摂取が有効です。食物繊維には、水に溶けやすい「水溶性」と、水に溶けにくい「不溶性」の2種類があり、便秘には「水溶性」がより良いとされています。水溶性食物繊維は便の水分量を増やすことで便を軟らかくする作用や腸内細菌に良い影響を与える作用が、より優れているからです。代表的な食材としては、ワカメなどの海藻類やキウイなどの果物やオクラなどのネバネバ系野菜が挙げられます。食べ方や適量に決まりはありませんが、適量を毎日摂取することを心がけてください。また発酵食品も腸内細菌等の腸内環境に良い影響を与えることで、便秘を改善する効果があるとされています。お味噌汁に海藻類を具材として入れてみるのも良いでしょう。
一方で、緑黄色野菜を中心としたサラダ類は見た目は綺麗で若い女性に人気ですが、食物繊維量としては期待されるほど多くはありません。食物繊維を摂るのにおすすめなのは温野菜です。加熱することでかさが減り、やわらかくなるので量も取りやすくなります。注意が必要なのは、排便回数が少ない場合に食物線維を摂り過ぎることで、お腹の張りが強くなる場合があることです。食物繊維により便のボリュームが過剰になり、それらが便として出ずに腸内で停滞すると、さらに膨満感が悪化するためです。食物繊維を多く摂取するのは、ある程度便が順調に出始めてからと覚えておいてください。
さらに、お腹が張りやすい方やガスが多い方には、パスタやパンなどの小麦製品、チーズやヨーグルトなどの乳製品、いわゆるFODMAP(フォドマップ)食も控えるようお伝えしています。これは、腸内細菌の変化により腸内のガスが増え、さらにお腹が張る原因となるためです。
便秘の目安は、自分の生活の質(QOL)の低下を実感するかどうかで判断
便秘と感じるかどうかは、かなり個人差があります。病院へは排便回数が週に1回程度や下剤を服用しないと排便がないといって来院されるケースが多いです。ただ便秘に対する考え方や感じ方は個人差が大きく、例えば3日に1回の排便が普通の人もいれば、苦しいと来院される方もおられます。ちなみに頻便に関していえば、男性では、若い頃から1日5~6回トイレに行くのが普通という方も少なくありません。便秘や頻便と感じる感覚は、それほど個人で開きがあります。
医学的な便秘症の定義としては、排便に関する国際的な診断基準であるRome IV分類では、排便回数が週3回未満であることが診断基準の1つとなっていますが、自分の日常的な排便回数で、QOL(生活の質)の低下がないと感じていれば特に問題ありません。
加齢による便のボリューム低下と便排出障害型便秘には要注意
便秘症における年齢的な変化は、若年層では女性が多いですが、60歳を超えた老年期からは男女ともに増加してきます。これは腸の運動能力の低下や腸内細菌叢の変化といった加齢性の変化が原因と考えられています。日常診療をしていますと、「食べたほど便が出ていない」「若い時のようなバナナ状の便が出ない」といった声をよく聞きます。前述しました様に、これは加齢性の変化による腸内細菌の変化や食事摂取量・内容の変化が原因であり、過度に心配する必要はありません。ただし大腸癌などで便が細くなる場合もあり、検診をされていない場合は内視鏡検査を含めた大腸癌検診を受けることも大切です。
また注意が必要な便秘に「便排出障害型便秘」があります。症状としては、「そこまで便が来ているのに出ない」「便が軟らかいのに出しにくい」「指で肛門付近を押して出している」などがあります。代表的なものが高齢の方、特に60歳以上の男性に多い「奇異性収縮」と呼ばれるもので、排便時に本来は緩まなければならない肛門の筋肉が締まってしまい、便が排出できなくなる状態を指します。肛門が狭い「肛門狭窄」、肛門から直腸が出る「直腸脱」、女性では直腸が腟側に膨らむ「直腸瘤」なども便排出障害型便秘の原因となります。便排出障害型便秘は、便秘全体の12~15%を占めていますが、これが原因の場合は「便の出口」である肛門部に異常があるため、いくら便秘薬を使っても改善しませんので専門医に相談してください。
また、痔も含めて肛門に疾患のある患者さんには、排便指導も大切です。一般に、トイレに入ってから排便が完了するまでの時間は約3分、便座に座ってから便が出終わるまでは50秒程度と言われています。5分以上トイレに入るのは良くありません。温水洗浄便座を使用する場合も、「弱」の水圧で3秒程度とすることが理想的です。肛門の中に水を入れ、浣腸のように出している方もいますが、長期の使用により便失禁などの排便障害が増えることも報告されています。温水洗浄便座の使い方には注意が必要です。
便秘改善に有効なブリストルスケールと排便日誌
便の硬さや形状の評価には、7段階に分類するブリストル便形状スケールを用います。一般には、ブリストル3・4・5の範囲が正常とされ、その中でも「腐ったバナナ・ねり歯磨き状」であるブリストル4が理想的な便とされています。当院では、便秘改善の指導に際し、このスケールを用いた表をお渡しし、毎日の排便日誌の記録をお願いしています。排便日誌を確認することで、いつ、どのような状態で排便に問題が生じているかが一目で分かり、治療に非常に有用です。
【出典】Lacy, B.E. et al: Gastroenterology, 150: 1393, 2016.
排便は言い換えてみれば、身体の中からの「お便り」ともいえます。便の形や色を観察することは、自分の体調を知る上で大切です。血液や粘液が混じっていないかなどを観察してみてください。食事内容や体調により多少の色調の変化は毎日ありますが、心配な場合は消化器専門の医療機関を受診してください。
便秘薬は非刺激性のものを選ぶ――市販薬だけでなく便秘茶などにも注意を
便秘薬には刺激性と非刺激性のものがありますが、基本的には非刺激性のものを選ぶようにしてください。当院においても主に使用しているのは非刺激性下剤です。
便秘治療の基本は、便の水分量の正常化、腸管蠕動(ぜんどう)の向上、腸内細菌を中心とした腸内環境の改善という三本柱にあります。便の水分量を増やして軟らかくするには、まず酸化マグネシウム製剤を用います。改善しない場合は、新薬である上皮機能変容薬、胆汁酸吸収阻害剤、ポリエチレングリコール製剤などを追加します。腸の蠕動運動の向上には、胃腸の運動を促す腸管運動賦活剤や漢方薬を用います。また腸内細菌に関しては、善玉菌を増やすことで腸管蠕動の改善がえられることが分かっており整腸剤も投与しています。
一方、刺激性下剤は腸を直接刺激して蠕動運動を引き起こすものです。これらは市販薬としても多数出回っているので手軽に入手でき、効果も速いことから安易に使用されがちです。ただ長期間連続して服用すると腸の蠕動運動が低下して便秘がひどくなったり、大腸が黒くなる大腸メラノーシスを引き起こしたりします。また、長期間連続して服用するうちに効果が薄れ、服用量を増やす悪循環に陥ります。過剰摂取によって精神的、肉体的な依存が形成されると、さらに治療が困難な「難治性の便秘」となります。刺激性下剤の成分は、便秘に効果があると謳われているお茶や健康食品にも使用されている場合があります。購入の際は専門家に相談するなどしてください。便秘症は長期的な視点での療養が大切です。食事、運動、睡眠を基本とし、改善が得られない場合は医療機関で非刺激性下剤を中心とした治療を行い、快適な排便が得られるように心がけてください。